29歳現役おひとり様。

29年間のあれやこれや

夏がくる

全てが終わり酔いも何もかも覚めた私が、どんな顔してこれから仕事したらいいのかわかんないよ、と不満をもらすと、佐藤くんはさらりと


「別にいつも通りしてればいいじゃん」



と、事も無げに言った。






言われた通り、と言うと何だか癪だが、実際、その言葉通りに私たちは今まで通りだった。



職場では仲良しで、でもプライベートで会うわけでもなく、たまに連絡するくらいのそんな間柄。





飲みに行こうかと話はしていたが、なんとなく実現しないでいた。


そんなこんなで季節は夏、7月になっていた。


月初にとある試験があったり、月末に仕事の締日があったりでいそがしくしていた。ただ、それが終わると長い夏期休暇なので平日も遅くまで、休日も出勤して頑張っていた。



そんな深夜、佐藤くんから電話がきた。出てみると、試験に必要な書類の話だった。見当たらないと。


結局、ものの数分で見つかったのでそこからは夏期休暇の話をしていた。

仲の良い数人がいるので、遠出をしたいねと。テレビ電話しながら、パソコンでさくさくプレゼン資料を作成してゆく彼。



私は根暗で友だちがそもそもいなく、特に知り合う男性とはすぐに不埒な関係になってしまうので、男友達は皆無だった。



だから、あんなことになっても、いわゆる大人の関係が始まるでもなく、変わらない佐藤くんとのやりとりは新鮮でとても楽しかった。




何かあると気軽に電話してきたり、くだらない話で盛り上がったり。

気を使わずにいられることの居心地の良さを感じていた。



結局その日は2時間近く話をし、夏期休暇の計画プレゼン資料が完成し電話は幕を閉じた。



幾つかの候補があったが、そのか中で佐藤くんの挙げたある島へのツアーが私はとても心惹かれていた。


なんでも、気軽に砂金取り体験ができると。



翌日、仲間内でプレゼンするも、全員の予定があわず撃沈。秋の連休にでもということでひとまず流れた。




後日、佐藤くんからラインが届く。





『ねーちえちゃん!砂金取りたくない?』



とりたい!




『じゃあ、いく?』




いこ!






という、なんともさらりと決行の流れとなった。



が、私は内心動揺していた。




え、2人でってことだよね?

泊まりだよね?

遊びどころか飲みにすら2人でいったことないのに、旅行?




何度も言うが私は根暗の人見知りだ。

佐藤くんの人との付き合い方に脱帽しつつも、旅行に行くすら苦ではないと感じている自分にも驚いていた。



実は電話すら苦手で、今までお付き合いしていた方々からの着信さえ見送ってきたくらいだった。



それほどにまで、佐藤くんの存在はさらりと私の中に溶けていった。





私はそれを友愛だと信じていたし、これを友情だと信じていたかった。

そして、また一つ先へ。

だからといって、なにがどうなるわけでもなく。




佐藤くんはいつも通りの馴れ馴れしく賑やかな佐藤くんで、


私もいつも通りムダな絡みをあしらう色気もなにもない私だった。






うら若き乙女でもなし、たかだか一度くらいはずみでキスしたくらいでなにを気にしてるのよ。

まして、もっと大人なことを色んな人とやってきたじゃない。




そう言い聞かせ、忘れて行くようにした。




嫌でも毎日顔を合わせるし、気にしていてもしかたがないし。



5月末にある行事に向けて、職場内も慌ただしさが増し、うまく紛れていったのもありがたかった。




そしてその行事が終わり、打ち上げと称した飲み会があった。

もう、あのキスのことなんて忘れていた。





それまでに、歓送迎会があったのだが、前の職場と重なって参加できなかったので、全体の飲み会は初めてだったし、佐藤くんとのお酒の場もあの日以来だった。







会はとにかく楽しかった。


ひたすら飲んで食べて話つづけた。




終電から2時間過ぎた頃、解散となったので、

それぞれ方向の同じ人たちとタクシーに乗り合い、別れていった。




最寄りが同じの佐藤くんとは同じタクシーにのっていた。




酔いつぶれていた佐藤くんは、助手席でずっと静かにしていたので寝ているのだと思っていたが、最後の人が降りて2人になると、後ろに掌をだしてきた。




私はそれをそっと握ってみた。






大きくて、ぶ厚い掌。すっぽり収まる私の手は驚くほど小さく見えて、まるで親子だなとぼんやり考えていた。




お互いに無言だった。




タクシーが駅に着いた。





「どうやって帰るの?」



まだふらつく様子で、佐藤くんが聞いてきた。もう、お互いの手は繋がっていなかった。


最寄りといっても、私の家は車で15分ほどの距離だ。

そのまま乗っていけば良かったのにと思うかもしれないが、酔い覚ましに歩きたかったのだ。



なので、徒歩で帰宅する旨を伝えた。





「え、危ないよ。」




時刻はうしみつ。女性の一人歩きが懸念されるのはよくわかる。



だが私は千鳥足の佐藤くんがきちんと帰れるかの方が心配だった。



結果、2人で駅前の漫画喫茶に入ることにした。



フラットタイプのファミリールーム。

ごろんとできる、きちんと個室になっている部屋だった。


つまり、完全密室にお酒の入った若い男女。



正直、あーそうなるのかなという予想はしていたが、その時はあまり緊張もドキドキもなかったように思う。


こういった展開にはもう慣れてしまっていたのもある。


あー、結局、佐藤くんともこうなってしまうのかと。



部屋に入り、荷物を置き、ドリンクをとった。



そのあとトイレにいって戻ると、


佐藤くんはすっかり眠っていた。




内心、覚悟はあっただけに複雑だったが、少しほっとしている私もいた。



大きな体を存分に伸ばしねている佐藤くんの傍らで、机の下に潜るかのごとく縮こまった。なかなかの深酒だったので、すぐに眠りに落ちた。











ふと、目覚める。


頭がいたい。体も痛い。気分も優れない。二日酔いの症状を感じながら、重たい瞼を持ち上げてみる。



ぼんやりとした頭と視界で、佐藤くんを捉えた。


眠る前よりも近くにある顔に、疑問を抱くこともできずその横顔をただぼんやりと見つめていた。



それに気づいたのかたまたまかはわからないが、佐藤くんが目覚めた。


目があう。




ゆるりと近づく。





もう、この後どうなるかなんて分かっていた。


抵抗はしなかった。



前回とは違う深く重なった唇も、服の中に侵入する大きな手も、全てされるがままに受け入れていた。



正直、抜けきらないお酒のせいで定かではない部分の方が多いが、とにかくなすがままにされる私はとても従順だったと思う。





「なんか、ちえちゃんが俺のものになった気分」






そう言って、佐藤くんは子どもみたいに無邪気に笑った。

そして、はじまり。

さて、そんなある日事件がおこる。









四月の末に講演会があり、職場のみんなで出席した。



いつもの定時よりも前に終了し、その後勤務をとかれたので近くにいた数人で軽くのんで帰る事にした。




この職場で初めての飲み会(会と言えるほど人数はいないが)だった。



性別も経験もバラバラの、今年来たばかりの人たちだったが、旧知の仲のようにお喋りする人たちを尊敬の眼差しで見ながら、私は聞き役に徹していた。




その中には、佐藤くんもいた。




明日も仕事のわりに、飲み進めていたと思う。



ほかの人がトイレに立ち、2人になった瞬間。私をじっと見ていた佐藤くんが、




「ちえちゃんて、口だけなんかすごくかわいいよね」





と突然宣った。





だけって失礼な、なんてやりとりをその場ではしながら、その瞳に少しドキドキしながらそのあとの会話もこなしていた。






帰り道。


私と佐藤くんは同じバスに乗り同じ方向に帰る。



佐藤くんは大きい。


私とは、35cmと50kgの差がある。




なので、2人がけの席は窮屈そうで、1.5人分くらいの幅で座っていた。


近いな、と思ったがそんなわけで仕方ないなと思っていたが。


しかし。




ふと、手が重なった。触れたのではなく、重なった。







あー、やばい。









さり気なく避けてみると、その手は今度は私の太腿に移動した。











正直、所謂男女の関係になるのがわたしはとてもはやい。



それはもう周りがドン引きするほどに、男性を誘っているそうで。




ただ、それはプライベートの話であり、職場でそういった不祥事を起こしたことは一度もないし、今回だってちゃんと仕事モードしていた。









なのに、どうして、どうしよう。









ちらりと佐藤くんの顔を覗くと、目が合った。






「かわいいのが悪い。」




ぼそりと呟き、一瞬、周りを確認したかと思うと佐藤くんの顔が近づいてきた。







いやここバスだよ





なんて考える暇もなく、唇と唇が軽く触れた。




間抜けな顔をしていたと思う。


なんだかよくわからないまま、






「もう一回しよ」




と、2回目のそれにも応じた。



いや、正確に言えば応じたわけではない。




なんて答えたらいいのか、考えている間に終わっていた。





そしてはっと我に返り、自分の降りる停留所が通り過ぎていることに気がつく。




2、3言文句のようななにかを言って、バタバタと降車した。





家まで帰る間は、明日からどんな顔して過ごしたらいいんだろうと、そんなことばかりを考えていた。