今さらそんなの、ずるいのに。
約束の日は、夕方ごろに佐藤くんはいつもと変わらない様子でやってきた。
他愛のない話をして、お土産をもらい、いつものように2人でベッドに向かった。
ただ、そこからがいつもと違かった。
「ねー、なんでこないだ会えなかったの?台風だって別にきたのに」
今までだって断りを入れた日はあった、特に後藤くんと付き合ってからは。
こんなこと聞いてくるの珍しいなと驚きつつ、なんて言おうか考えていると
「たった1週間だけど、寂しかったんだよ」
「…」
思わず、言葉につまった。
約一年一緒にいるが、そんなこと言われるのは初めてだった。
いつもと違う、少し真面目な顔で佐藤くんは続けた。
「…なんか、もう、会わないほうがいいのかなとか。嫌になったのかなって」
悪いことだってわかってはいたけど、と今にもなき出すんじゃないかってくらい弱々しく呟く彼を見ていられず目をそらした。
どうしようもなく、かわいくて、愛おしくなってしまったのだ。
「…ごめんね、嫌じゃないよ。気にしてたの?」
「…ん」
「嫌なわけないでしょ」
こんなに好きなのに。
それは、言ってはいけなかった。どうしようもなく愛おしい彼とは、離れなくてはならないからだ。
どんなに佐藤くんが私を求めてくれようが、それは恋愛になり得ないからだ。
いつも以上にキスをして、ハグをして、いっぱいいっぱいくっついて抱き合った。
だんだんといつもの調子になってきた佐藤くんと、ようやくひと段落でご飯に出かけたのは日付の回る少し前だった。
いつも命のように手放さない携帯を置いていくなんて、今日は本当に調子が狂うなと思いながら、くだらない話を沢山して楽しくお腹いっぱい食べて、また我が家へと戻る。
後藤くんの家の側を通りながら、バッタリ会ったらどうするんだなんて軽口をたたく佐藤くんはすっかりいつも通りだと思っていた。
そのうち、話題は結婚の話になる。
「来年あっちが遠くに異動になったら、引っ越すの?」
「えーどうだろうね。私はこの辺から離れたくないんだけど」
「一緒に住んだらさすがに家じゃむりだよねー」
「だからそしたらもうしないってば」
「えー!そしたらもうすぐじゃん」
「はやくても来年度だからまだだよ」
「すぐじゃん…」
家に着き、またダラダラとしながらベッドに落ち着く。
何だか無口になった佐藤くんを、眠いのかなとあまり気にしてもいなかったが、おもむろに口を開く。
「…やっぱり、やだなあ」
「え、ずっとそれ考えてたの?」
「うん…だってやだもん」
「でもしょうがないじゃん。いつか結婚はしたいもん私も。佐藤くんのが案外先にしてるかもよ?」
「そうだけど…いやでもそういうんじゃなくて、飲みいくだけでもいいんだよ」
「後藤くんとは、男と二人で飲みにいく話でケンカになってるからねえ…まあ誰と結婚するかはわからないけどさ」
「だってせっかく仲良くなったのに、これで終わりなんてやだよ」
俺のが先だったのに、と拗ねる佐藤くんは子どもそのものだった。
そんな彼の頭をなでながら、毎日会っていた、昨年度までの佐藤くんと変わらないなと思わず苦笑する。
大きいのに、子どもみたいにワガママで、それなのに繊細でとても傷つきやすい。
「まあまだ時間はあるからね」
なだめるように言うと、
「ねえーやだよ、ちえちゃん、好きだよ」
…いまさら、ずるくない?
人が一生懸命、違うんだと言い聞かせて、忘れて、ようやく幸せになろうとしているのに。
なんて無責任に好意を表すんだろう。
大した意味もないくせに。
それでも。
その言葉をかみしめて、涙が出るのをぐっとこらえた。
もう、今日はずっとそうだ。
抑えていたのに。もう、ずっと。
上手に隠して、それでもいいと思って、得たポジションだった。
それでもなくなってしまって、諦めようって、終わりにしようって思った。
それで、きちんと気持ちを切り替えて、ようやく進もうって思ったのに。
やっと解放されると思ったのに、なんで離してくれないの。
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