29歳現役おひとり様。

29年間のあれやこれや

一つの区切り。

その後は慌ただしかった。


家に帰り急いでシャワーをあび服をきて家を出た。いつも仕事では、ほぼノーメイクなのが救いだ。


始業数分前に慌てて職場に駆け込み、タイムカードを押した。


周りもそれぞれ気だるそうな顔で、昨日の飲み会での盛り上がりを物語っていた。





さらに、それに拍車をかけ、本日のメインは肉体労働だった。





もはや半死状態で作業をする我々。





昼休憩の頃には暑さもあいまってぐったりだった。









「昨日あのあとどうしたの、大丈夫だった?」






お昼の買い出しの車の中、ふと話題がふられた。





一瞬、思わず言葉につまったが、佐藤くんが、






「俺は帰れなくて満喫ですごしました」





「えー大丈夫だったの?ていうか今も大丈夫?」





「いやもうだいぶよくなってきたけど、やばかったです」







我ながら下手くそ、と思いながらその後は平静を装い会話に混ざっていた。








その日はそんなわけで、皆様生ける屍モードで仕事にならず、定時にはほとんど上がっていた。





この日、彼氏との別れ話を予定していた私もすぐに帰宅する準備をしていた。


もう、一度仕事が終わらずキャンセルしていたので今回ばかりはいかねばならかった。





そんな視界の端で、佐藤くんが仕事を頼まれているのを見つけてしまった。しかも、時間と手間のかかる仕事。






喉元まででかかった、お疲れ様ですのおの文字を飲み込み、代わりに声をかけた。






「…手伝おうか?」







甘いと思われるかもしれないが、この仕事は誰でもできる、でも単純に作業が追いつかないだけの仕事で、頼みやすい佐藤くんがたまたま頼まれたのだ。




なので、若手としてそれを見過ごして帰るわけにはいかなかったのだ、立場的に。







何時でもいいって、言っちゃったんだよな…








結局、待ち合わせ時間になっても終わらずにいた。








「ねーこのあとご飯いこうよ」








お駄賃のアイスを食べる私に、佐藤くんが話しかけた。


ちなみにアイスは二本めで、佐藤くんから横流しされた分だ。






「ごめん、ちょっと今日はいけない」







「え、ごめん予定あったの?」







「あったというか、いきたくないっていうか…」







「なにかあんの?」








「いや…」








楽しい話題ではないし、わざわざプライベートな話をしなくても、という気持ちと、



今別れると、まるで心変わりしたみたいで嫌だな、という気持ちとで口ごもってしまった。









「まあ、いいけど」









特に興味もなさそうに、さらりと佐藤くんは話題を変えた。



私もそれに便乗しながら、この後の憂鬱な予定のことを考えていた。










そして、



2時間ほど遅れて始まった話は、わずか30分で終わる。






付き合い方もあっさりしていれば、別れ話もそうなのだろう。




正直、ほっとした気持ちが一番大きかった。










結局、その彼氏は、私の何が良かったんだろうとぼんやり考えていた。


そんなことすら、私は知らなかったのだ。









ただ、ここで一つの区切りがついたのは確かだった。

そして、2度目の。

先の見えない仕事の山も終え、期末の納め会があった。




あれから、佐藤くんとは仕事終わりにご飯にいったりしながら、旅行の話を進めていた。この時は、まだ彼氏とは別れていなかった。





納め会は盛り上がり、案の定佐藤くんはひどく泥酔していた。

明日は仕事ということもあり、この日は終電での帰宅となった。



一緒に帰って佐藤くんを支えてくれていた男の子も、乗り換えで別れてしまい2人になる。





こんな大きい人間をどう連れて帰ったら良いのか悩んだが、なんとか自分で歩いてくれた。




ホームに上がると、すっと私の腰に腕を回してくる。



人がいた時とは違う距離感に、酔ってる割に考えたんだなと思った。





最寄駅につくと、佐藤くんは弱々しく私にすがりついてきた。






「むり、帰れない…助けて…」




ビジネスホテルにいくか、漫画喫茶に行くかを検討したが結局前回と同じ場所の同じ部屋になった。




そして、部屋に入ると前回と同様にすぐに睡眠に入る佐藤くん。





前回と違い、翌朝帰宅し、整え、仕事に行かねばならないのできちんと起きれるよう祈りながら私も転がり目を閉じた。








眼が覚めると、案の定隣にいる佐藤くん。



時刻はもう朝と呼ばれる時間だ。





「どう、大丈夫?」




「んー…頭痛い」




言いながら、私のシャツのボタンを一つずつ外してゆく。





「今日、仕事だよ」




「んー…」





全て外し終え、さらりとぬがし、肌に触れる大きくて分厚い掌。



酒の抜けない、酔っ払いの体温が伝わる。













「ねえ、こうされるの、好きなんでしょ」




色んなところをいじくり回されて、トロンとしている私に意地悪な顔で佐藤くんは聞いてきた。



そんなんじゃない。




必死に声を抑えながら、ぶんぶんと首を振り否定する。






「うそつき。旅行だって、こうなるの期待してたんじゃないの?」





「し、してない…」





「じゃあしないの」




「知らないよ、いじわる」





佐藤くんは、私の恥ずかしそうな顔を見てとても満足そうにしていた。

本当に、イタズラっこの子どもみたいな顔をする。






「ねえ、ぎゅってして」




前回もそうだったが、佐藤くんは愛を感じながらしたいんだそうで。そういった要求をしてくる。


言われるまま、抱きつく。でも、大きすぎていくら強くしても、掴めている気がしなかった。






「好きって言って」





「…すき」






「誰を?」





「佐藤くん」




「名前で、ちゃんと言って。もう一回」





「ゆうやくん、好き」





「…なんで言ってくれるんだろうね」






そう言って佐藤くんは、今度はゆるやかに、優しく微笑んだ。










終わったあと、どのくらいの距離にいればいいのかわからない私に、佐藤くんはそっま引き寄せキスをする。



もっと甘えてよ。





って、言われても私は、こんなことをして起きながらも、どうしていいかわからずにいた。





終わると途端にスイッチが切れたかんじで、いつもの関係との境がどこなのかわからなくなってしまう。





そんな私を腕の中にすっぽりとおさめ、彼は楽しそうに





「こういうのしてみたかったんだよね」






と言った。








ちなみに、こういうのとは当たり前だが行為自体を指すものではない。






彼氏がいて、しかも職場の同僚である私とすることに対しての発言である。












もしも私がもう少し道徳的な人間だったら、彼氏に負い目を感じていただろうか。


それ以前に、不埒な関係をきちんと断って、こんな風にはならなかったのだろうか。







もっと恋愛に染まれるタイプだったら、佐藤くんの行動を勘違いできて、彼氏から乗り換えるような選択をしていたのだろうか。




それとも、もっと上手に割り切って遊んでいたのだろうか。












分からないけれど、私は結果としてどれもできなかったし、何が正しかったのかも分からない。

彼氏。

七月の半ば。



試験が終わるまでは、期末処理より勉強優先とお達しがあったので、それに甘えていた。


なのでどこから手を付けて良いか悩むほどの仕事量だった。




コツコツやっていけば間に合うが、私はそれが苦手である。



一つの山を今日で越えてしまおうと、勇んでパソコンに向かった。



21時を過ぎた頃、残っているのは近くの席の4人だけになっていた。




「ちえちゃんと佐藤くんはどれくらいやってくのー?」





佐藤くんの影響と、母の知り合い(似たような職種なので)がいるのとで、私を下の名前で呼んでくれる方がとても多かった。




それこそ、親子ほど歳の離れた人もいたが、母のように、友のように、親身になってくれるこの職場の人たちが私は大好きだった。






「うーん、終わるまで…佐藤くんはどうなの」




「えーちえちゃんがやってくなら俺もやってく。が、空腹でどうにもならん」





「そうだよねー。買い行く?」






「おう。てわけでいきます。お二人はまだいるかんじですか」







「私たちはもう帰るよー。頑張ってね」









とうわけで、近くのコンビニで買い出して、つまみながら仕事をしていた。





あと1時間ほどで日付が変わる時間になり、先に終えたのは佐藤くんだった。





「え、やだ絶対先に帰らないでよ!」




「はやくしろよ」





「トイレ一緒にいってあげたじゃん、まっててよ」






「それはまじでありがとうしかない」






大きい身なりのわりに、彼はとても怖がりだった。



自分の机上を片した佐藤くんが、私の隣に移動してきた。



無視して作業を続ける。




「ねーちえちゃんあれどーする?」




「なに?」




「砂金。いつにする?」




「せっかくなら土日ずらしたいよねえ」





「夏の動静だした?」





「あーそこにあるからちょっと見てて」







話しながら、私の髪の先をいじる佐藤くん。

その指の背が、そっと半袖の二の腕を軽く触れるたびに、反応する体をぐっとこらえていた。






「あーじゃあこの日は?」






提案されたのは、7月最後の日月。






「いいよー予定入れとくね。」






ちょうど仕事の方も終わったので、戸締りをして帰宅することに。





各部屋の戸締りを点検し、扉を閉めた。思ったよりすぐ後ろにいた佐藤くんにぶつかる。退がる気配のない佐藤くんと密着したまま施錠していた。



ふいに、佐藤くんの大きな掌が私の胸を掴んだ。掴めるほどないけど。



ふり返り、軽く睨む。イタズラをする子どものような顔の佐藤くんに、抗議の意味を込めてぺしんとその手を叩いた。




そして、何事もなかったかのようにすっと離れて帰り支度を整え、職場を後にする。





お互い自転車なので、そのままそれぞれの帰路へとついた。








その翌日、久々に彼氏と会った。5月の末から会っていなかった。

仕事の忙しさと、元々のお互いのドライさから、その間の連絡といえば、6月の私の誕生日おめでとうLINEくらいだった。




彼といるのは好きだった。


なんとなく、成り行きのような付き合いだったけど、それでもきちんと恋になったと思っていた。他人からしたらありえない連絡の頻度も、それで私は満足していた。




でも。





小さな、違和感。


彼に対してではない。自分の感情の話だ。




楽しくないわけではない。ないのだけれども。






久しぶりに会ったというのに、




嬉しいなとか、

もっといたいなとか、



やっぱり好きだなとか。






なんというか、そういった特別な感情はなに一つ湧いてこなかった。






その間に送られてくる、佐藤くんからのくだらないスタンプの方が余程気になり、そわそわしていた。







それでも私は、お付き合いしていた彼への気持ちの変化を、佐藤くんのせいだとは思わなかった。






その時は。








結局、モヤモヤを拭うことができず、別れを告げることにした。




佐藤くんとの旅行の、一週間ほど前の出来事だった。