29歳現役おひとり様。

29年間のあれやこれや

そして、また一つ先へ。

だからといって、なにがどうなるわけでもなく。




佐藤くんはいつも通りの馴れ馴れしく賑やかな佐藤くんで、


私もいつも通りムダな絡みをあしらう色気もなにもない私だった。






うら若き乙女でもなし、たかだか一度くらいはずみでキスしたくらいでなにを気にしてるのよ。

まして、もっと大人なことを色んな人とやってきたじゃない。




そう言い聞かせ、忘れて行くようにした。




嫌でも毎日顔を合わせるし、気にしていてもしかたがないし。



5月末にある行事に向けて、職場内も慌ただしさが増し、うまく紛れていったのもありがたかった。




そしてその行事が終わり、打ち上げと称した飲み会があった。

もう、あのキスのことなんて忘れていた。





それまでに、歓送迎会があったのだが、前の職場と重なって参加できなかったので、全体の飲み会は初めてだったし、佐藤くんとのお酒の場もあの日以来だった。







会はとにかく楽しかった。


ひたすら飲んで食べて話つづけた。




終電から2時間過ぎた頃、解散となったので、

それぞれ方向の同じ人たちとタクシーに乗り合い、別れていった。




最寄りが同じの佐藤くんとは同じタクシーにのっていた。




酔いつぶれていた佐藤くんは、助手席でずっと静かにしていたので寝ているのだと思っていたが、最後の人が降りて2人になると、後ろに掌をだしてきた。




私はそれをそっと握ってみた。






大きくて、ぶ厚い掌。すっぽり収まる私の手は驚くほど小さく見えて、まるで親子だなとぼんやり考えていた。




お互いに無言だった。




タクシーが駅に着いた。





「どうやって帰るの?」



まだふらつく様子で、佐藤くんが聞いてきた。もう、お互いの手は繋がっていなかった。


最寄りといっても、私の家は車で15分ほどの距離だ。

そのまま乗っていけば良かったのにと思うかもしれないが、酔い覚ましに歩きたかったのだ。



なので、徒歩で帰宅する旨を伝えた。





「え、危ないよ。」




時刻はうしみつ。女性の一人歩きが懸念されるのはよくわかる。



だが私は千鳥足の佐藤くんがきちんと帰れるかの方が心配だった。



結果、2人で駅前の漫画喫茶に入ることにした。



フラットタイプのファミリールーム。

ごろんとできる、きちんと個室になっている部屋だった。


つまり、完全密室にお酒の入った若い男女。



正直、あーそうなるのかなという予想はしていたが、その時はあまり緊張もドキドキもなかったように思う。


こういった展開にはもう慣れてしまっていたのもある。


あー、結局、佐藤くんともこうなってしまうのかと。



部屋に入り、荷物を置き、ドリンクをとった。



そのあとトイレにいって戻ると、


佐藤くんはすっかり眠っていた。




内心、覚悟はあっただけに複雑だったが、少しほっとしている私もいた。



大きな体を存分に伸ばしねている佐藤くんの傍らで、机の下に潜るかのごとく縮こまった。なかなかの深酒だったので、すぐに眠りに落ちた。











ふと、目覚める。


頭がいたい。体も痛い。気分も優れない。二日酔いの症状を感じながら、重たい瞼を持ち上げてみる。



ぼんやりとした頭と視界で、佐藤くんを捉えた。


眠る前よりも近くにある顔に、疑問を抱くこともできずその横顔をただぼんやりと見つめていた。



それに気づいたのかたまたまかはわからないが、佐藤くんが目覚めた。


目があう。




ゆるりと近づく。





もう、この後どうなるかなんて分かっていた。


抵抗はしなかった。



前回とは違う深く重なった唇も、服の中に侵入する大きな手も、全てされるがままに受け入れていた。



正直、抜けきらないお酒のせいで定かではない部分の方が多いが、とにかくなすがままにされる私はとても従順だったと思う。





「なんか、ちえちゃんが俺のものになった気分」






そう言って、佐藤くんは子どもみたいに無邪気に笑った。